ひねもすのたのた

とりあえず日常かな

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NHKとハゲタカと少女

中越で地震。
私は子どもの頃から「大地震が近い」ことを警告されて
育ったので、家の中は一応、地震に備えている。
しかし、家が倒壊してしまえばどんなに備えようと
関係はない。

避難することになったら、ムスメの安全をどう確保するかも
いつも不安だ。頭の中ではシミュレーションするが、
現実になったらおろおろして何もできないのではないか?

東京に住んでいた頃は、とにかく地下鉄にいるときに
地震が起こるのが恐怖だった。
往復2時間近く地下鉄に乗るから、
地震があれば、当然、そういう可能性もあり得る。
 
地震の報道を見ていていつも思うのは
あのヘリコプター。今日は災害報道はNHK、とばかり
NHKを見ていたが、なぜ倒壊した家屋の上、しかも
中に人がいるかもしれない家を長時間撮影するのだろう?

ヘリコプターが報道に力を発揮するのはわかる。
被害の全体状況もわかるし、行政側がどう動けばいいかという目安にもなるだろう。

とはいえ、倒壊した家屋は数カットで十分。
それ以上家屋の上でヘリコプターが旋回していたら、
たとえ中にいる人が声を出していてもわからない。

救助活動を行っている人たちだって、声をかけあいながら
やっているのだろうし、迷惑きわまりないだろう。

それで思い出したのが、ピュリッツァー賞を受賞した
ハゲタカと少女の写真。
あの写真は飢餓をあまりにも鮮明にとらえていたために
人々に衝撃を与え、他方で救助が先決ではなかったかと
激しい非難を浴びた。
写真家は数カ月後、たしか自殺したのだと思う。

報道にはこういう二面性が存在することは確かだ。
しかし、この写真家が写真を優先したのは、
私は間違ってはいないと思う。

写真はあまりにも雄弁であり、
それによって多くの人を動かす。これに対して
彼1人が助けられるのはせいぜい数人だから。
なんて、いいふるされてるよね。

でも、今回のNHKのヘリコプターに関していえば、
報道としての使命は最初の数カットで終わり。
あとは単なる野次馬根性なのだから、
救助活動を助けるつもりなら、
早くそこから撤退すべきだったと思っている。

神戸の地震のことを覚えていないわけじゃないよね?
NHKさん。

今週、被災地域の天候がなんとか
悪くならないことを祈っている。

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