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ヒロシマ


原爆投下の日。
この日に思うのはアインシュタインのこと。
ルーズベルトに原爆を開発すべきと進言した。
彼はナチスが原爆を開発していると推測されることから、
それに対抗したかったのだ。
その後、彼は開発計画には加わらなかった。

実際、ドイツでも(そして日本でも)原爆は開発されていた。
ドイツの原爆開発のリーダーは確かハイゼンベルクだったと思う。

彼は戦後、「できるだけ開発を遅らせようとしていた」と述べている。それが真実だと私は思いたい。

原爆はアメリカの国家プロジェクト。
原爆が投下された日、それが引き起こした結果について
戦慄した科学者もいたが、
他方で小躍りした科学者もいたのだ。。。
そのときには、単に自分たちの成功を喜んで。

第2の原爆であるプルトニウム爆弾「ファットボーイ」は、
ウラン爆弾よりも開発が困難であり、
複雑な計算が必要だったもの。

…だから、私はどうしても考えずにはいられない。
あれは人体実験だったのではないかと…。

アインシュタインは原爆投下後、ルーズベルトへの手紙を
後悔したという。そして、平和運動に身を捧げた。

アインシュタインの手紙がなくても、
開発は始まっていただろう。おそらく。
ウラン分裂がオットー・ハーンとリーゼ・マイトナーの手で発見されてから
10年もたたないうちに、原爆は完成してしまったのだ。

マイトナーは女性でユダヤ人で、結局、ノーベル賞を受けることも
なかった。原爆についてどう思っていたのかも知らない。

だから何? といわれると困る。
ただ科学者は想像力をもたなくてはならないと思う。
ノーベルがいやというほど感じたであろうこと、
すべての発見や発明は諸刃の剣となりうることを。

……
そういえば、ニュースを見たら今日の追悼式典で
安倍は全然顔をあげずに原稿を読んでいた。
途中、あげたときがあったのかしら?
「憲法を守り、非核三原則を~」というところだったので、
心にもないことは言いたくなかったのかもね。

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