ひねもすのたのた

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荻野吟子

(旧)瀬棚町といえば、保健指導や各種ワクチン接種など予防医療に力を注いだ
村上智彦医師の取り組みで知られている。
(村上医師はいま、破綻した夕張市の医療センターで他の2名の医師とともに
新しい医療体制づくりに取り組んでいるという)

平坦な土地が少なく、強風のために海辺に風車が立ち並ぶこの町
(合併したばかりだが旧瀬棚町以外はよく知らない)では、おそらく主要な産業は漁業なのだろう。
かつてこの地に日本初の女医が診療所をかまえていたという。

彼女――荻野吟子――は、1851年、埼玉県で生まれた。
黒船来航の2年前、ということは社会が浮き足だっていた頃に育ったということだ。


裕福な家庭に生まれ、しかも父親が教育熱心であったため、
彼女の教育は寺子屋だけで終わらなかった。
そのときちょうど埼玉県に私塾を開いた松本万年(後に東京師範学校教授)のもとに
師事することができたのだ。
万年の娘の荻江は、吟子の生涯の親友となったという。

とはいえ、彼女が育ったのは、江戸時代から明治に足を踏み入れようとする時代だ。
数えで18歳(満16歳)の年、吟子は豪農の家に嫁ぐことになった。

ところが2年後、淋病に感染し、離縁。
夫から性病をうつされたのである。

離縁は吟子が申し出たものだといい、本人もそれを望んでいたとは思うが、
時代を考えれば、周囲に責められたのはおそらく彼女であったろう。
16歳で結婚し、処女であったことが明らかであっても。

幸運であったのは、順天堂の佐藤尚中(後の順天堂大学の創設者)に
西洋医学による治療を受けられたこと。
(ちなみに淋菌の発見は1879年。彼女が感染したのはそれ以前であり、
サルファ剤もまだ合成されていないし、もちろん抗生物質の発見はさらに後。
うーん、どうやって治療していたのか?)
しかし、男性の医師による診察は、彼女には屈辱的な経験だったという。

これをきっかけに吟子は医師を目指すことになる。兄たちは反対したが、
姉の仕送りを受け、彼女自身も塾の講師や家庭教師を続けながら、
井上塾(漢方医・国学者、井上頼圀の私塾)、東京女子師範学校、
さらには好寿院(私立医学校)で学ぶことができた。

どこでも(男性の中でも)ずばぬけて優秀な成績を残した彼女だったが、
問題はその先だった。
当時、女医の例などなかった。
医師の資格試験も受けられなかった。

しかし、医学校を卒業してから2年後、かつての師である井上頼圀、
医学校を紹介してくれた陸軍医などの尽力により、
ついに資格試験を受け、医師になることができた。

そして、資格試験の問題でも彼女のために奔走してくれた実業家に借金し、
湯島で開業することになったのである。
吟子はこのとき35歳(数え)になっていた。

医師になれたのは、もちろん彼女自身が才能にめぐまれ、努力しつづけたこともあったのだろうが、
周囲の人々に恵まれていたこともたしかだ。

…女性が学ぶことを奨励した父、漢学の手ほどきをしてくれた私塾の師、
彼女のために奔走した支援者や医師たち。
吟子が周囲の反応を引き出したのかもしれない。

逆にいえば、明治初期、女性が“男性の仕事”に携わるには、
これほどまでに人々を動かさなければならなかった、ということでもある。

当時の女性も、婦人科領域の病気でなくても、
できれば女性の医師に診察してもらいたい、と思っていたはずだ。
自分の経験から医師を志した女性もほかにいただろう。
それでも、女医になることは容易には許されなかったのだ。

吟子が瀬棚に診療所を開くのは、キリスト教の神学者・志方之善と
結婚した後のことである。


☆2日ほどお出かけしてきます。コメントのお返事遅くなりますm(_ _)m
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Comment[この記事へのコメント]

むむっ,苦手分野だ. 

  • Ladybird 
  • URL 
  • at 2008.06.16 04:04 
  • [編集]
 スゴい人がいたんですね.知りませんでした.昔見たNHKの大河ドラマ「いのち」を思い出しました.
 もう1つ連想したのは避妊法の「荻野式」.

知らない人で 

  • えあしゃ 
  • URL 
  • at 2008.06.16 22:44 
  • [編集]
Ladybirdさん
スゴイ人ってきっといっぱいいるんでしょうね。。
ときどき見つけると、うれしくなって宣伝に走ります
(でもみんなとっくに知っていたりして…)

>避妊法の「荻野式」
えー、あれは避妊法ではありませんよ!
排卵の時期を見定める方法。
(本人も違うと怒っていたらしいし←byウィキ)
だいたい1年間で100人あたり25人も妊娠しちゃうんだから。
http://www.pill-ocic.net/about/chigai.html
あれは無理矢理にでも女性に子どもを産ませたいヤツの陰謀にちげえねえですよ!

ちなみにオギノ式の荻野久作は荻野吟子の親戚とかではないみたいですねえ。

陰謀だったのか 

  • Ladybird 
  • URL 
  • at 2008.06.17 06:19 
  • [編集]
 常識的に考えても失敗率は高そうですね.

もう確信w 

  • えあしゃ 
  • URL 
  • at 2008.06.17 21:54 
  • [編集]
>常識的に考えても失敗率は高そう

そうなんですよね。。ほかの手法がないとか、コストが高いならともかく…
どういうこっちゃねん、です。
だいたい精子だって3~5日くらいは体内で生きているそうですし。

「成功率」 

  • ×第二迷信 
  • URL 
  • at 2008.06.28 11:03 
  • [編集]
>常識的に考えても失敗率は

いや、そもそも、妊娠の成功率をあげる方法ですから…

「必勝法」の逆をやれば「必敗」だというけれど、
イチローでも4割打てないし。
(福留を抑えたのに山本昌に打たれるピッチャーもいる。あ、「綱引き必勝法」は、いままで素人相手に負けたことはありませんよ。相手に真似をされて苦戦したことはありますが)

綱引き 

  • えあしゃ 
  • URL 
  • at 2008.06.28 22:43 
  • [編集]
>「必勝法」の逆をやれば「必敗」

まあ、これは論理学的に言っても間違いなのではないでしょうか(ちょっと勘で言っている 笑) 

>「綱引き必勝法」は、いままで素人相手に負けたことはありませんよ。

すごい! 昨日、見にいったら、こっそりモードになっていました。
私は綱引きにはトラウマがありまして。どっかで書いたっけ?

高校時代に女子のみの綱引き、っていうのがありまして(セクハラまがいだよな 笑)

よいしょ、よいしょ、と引っ張っていたらあるところからずるずる引けるので、もう快勝!
…と思って喜んでいたら。
ん、相手も喜んでいる???

ここでアナウンス。
「えー、皆さん(笑いをこらえる声)、綱が切れました」

「ええええええ」(爆)

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