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日本語は論理的か?

大学時代、卒論の内容がどうにも整理つかずに苦しんでいたら
(そういえば当時はフロッピーディスクで一太郎を動かしていた)、
助手の方が見かねて
「おーい、えあしゃ、英語で書いてみたらどーだい?」と言った。

「日本語だってまともに書けないのになぜ英語なんですか?」とたずねたら、
「英語の方が論理的だから…やってみたら?」

いや、やってみたらも何も、単語すら思い浮かびませんって(笑)

ま、それはともかく、英語が日本語より論理的という話はよく聞く。
英語の場合、主語と述語がはっきり結びついていており、
条件などがはっきりわかるように書かれるから、とか、そんな解説だ。

では、日本語は論理的ではないか?

うーん…この設問の立て方はおそらく正しくない。
「日本語で論理的な文章を組み立てることはできるか?」
の方が適切なんだろう。

で、この設問に対しては、できる、と答えられる。
たとえば光市裁判の本村洋さんはいつも非常に論理的な話し方をする。
まず、「あー」とか「えー」とか余計な言葉がいっさい入らない。

(もうひとり、こういう語句を入れない日本人を知っている。それはコイズミ。
文章は詭弁的、にしても表面上は話し方に無駄がなかった。
この方、単純な言葉しかしゃべらないような印象があるが、
記者会見で長文を話していても余計な語句を入れることはない)

日本語だって主語と述語はあるし、5W1Hを利用して
「てにをは」を間違えなければ、まともな文章になるし、
それを用いて論理を組み立てていくことができる。

ほら、玲奈お姉様を見ていれば日本語で
いかに論理的に議論を展開できるかが、わかりますよね。

英語が論理的かどうか、というのは私にはよくわからない。
私は英語は何とか読める程度で、難しい文章になると手が出せないし。
とくにandでつながる文章が苦手で、何と何を並列においているのかよくわからなくなる。

もっとも専門書などを見ると、たいていの場合、英語のものの方が理解しやすい。
英語のものは専門書といえども単語は一般用語を利用していることが多い、
というのもあると思うのだが、
それ以前に読者に全体像を把握させるのがうまいような気がする。

たいてい比喩を上手に折り込んでいるので、
(厳密な理解という意味では問題があるのかもしれないが、それは後々の課題として)
イメージが浮かびやすい。

日本では、一般向けの本は工夫してあるけど
専門書はやっぱり研究者にしかわからないよなあ、と思ってしまう。

で、何が言いたいか、といえば…
結局、日本語が論理的でないとか、英語が論理的といった話ではなく、
使う人間が論理的かどうかがいちばんの問題なのだろう。

日本語はあいまいさを許すとよくいわれるが、
英語にあいまいさがないかといえば、そうではないだろうし。

だいたい私の場合、書いたものが混乱してしまうのは
たぶん気が多すぎるせいなのだ。

あ、この話もあったっけ、えーとこれも入れておかなくちゃ。
…てな感じで話の焦点がなくなってしまう。
そんな調子で書けば、何語であろうと、ワケがわからないことには変わりない。

枝葉をバッサリ切って、(あるいは枝葉は枝葉としてどこかに整理して)
目標見つめて書けば、きっと(文章力はともかく)
日本語であろうが英語であろうが意味が通じるものが書けるはずなのだとは思う。
(イヤ、英語は書けないんだった 笑)

とはいえ特定の言語構造を使えば、
頭がより論理的になり得るか、というのは気になるところ。

こんな話を調べもせずにいいかげんに書いていると
言語をきちんと研究している方たちに怒られそう(笑)
ということで、ツッコミ歓迎!

☆昨夜、アップしようとしたらFC2にハネられた……
あまりにいいかげんってことでダメだしされたのか?

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Comment[この記事へのコメント]

日本語は誤魔化しが出来る。 

英語で主語無しの文章は成り立たないが、日本語では一々主語は書かない。大抵は省く。
その分、インパクトの有る文章も出来れば、簡略形を利用して、(悪い奴が)インチキも出来る仕組みになっている。
『日本語が論理的』で無いは間違いですが、非倫理的に利用することが可能です。
有名なヒロシマの原爆碑も主語が無い。
しかし原爆を投下したのが誰かは日本人はみんなが知っている。だから書く必要性がない。

其れと、日本語にはNOが無い。『言葉』としては有るが一般には使わない。
どうしてもNOと言わなければ為らない場合は、出来る限り否定の要素を少なくして相手への配慮を考える。
例えば『考えておきます』
考えてから判断する意味ではなく、NOだが私は貴方の頼みを忘れずに考えておきますの意味。
例えば『けっこうです』とか『いいです』
言葉だけならイエスの意味だが語尾の上げ下げでNOに変化する不思議な言語。
身内だけに通じる隠語的な使用法の例で、外国人には判りにくいらしい。
多分これは日本語だけだろうと思っていたら、実は(白人奴隷主に対してYESは可能だがNOは言ってはいけない)黒人英語にもYESとNOが入り混じった言葉が有り、黒人の仲間内だけの隠語の意味も有るようです。

一番の特徴は時間軸が曖昧になっていること。
同じ文章の中で過去形と現在進行形が同居しても全く可笑しくなく、日本の文章は成り立つ。
過去も現在も未来も、いっぺんに同じ場所に同居しているんですよ。
日本人の思考(思想)には、過去も未来も無く『果てしなく続く現在』が有るだけだと指摘する学者もいて、なるほどと頷かされます。

一つだけイチャモンです。
>たとえば光市裁判の本村洋さんはいつも非常に論理的
彼の論理性は、都合の良い事実だけを喋り真実を隠蔽する詐欺師ペテン師の其れですよ
死刑を求めるのは『法的に決っている最高刑を求めているだけ』と静かに語る。
大嘘です。
日本の裁判は法律と判例の二本立てになっていて、少年事件の判例は有名な『永山判決』で別々の4件の殺人事件の19歳のハードルが有った。
光市事件の様な一件の事件で18歳では絶対に死刑にはならない判例が有る。この事実をマスコミも本村氏も絶対に死刑判決までは隠していた。
しかも、重大な判例変更には小法廷(裁判官3人)ではなく大法廷(15人全員)でするのも判例として有るが、公然と無視して死刑に誘導している。悪質です。

I feel so 論理 

  • 村野瀬玲奈 
  • URL 
  • at 2008.06.03 18:29 
  • [編集]
>☆昨夜、アップしようとしたらFC2にハネられた……

うーん、えーと、早速「有害情報フィルター」がはたらいたみたいですね。あー、特に、次の箇所。

>玲奈お姉様を見ていれば日本語でいかに論理的に議論を展開できるかが、わかりますよね。

↑この部分、ヤメ蚊弁護士さん言うところの「デマ率」が高そうです。(^^;;
ていうか、私の「容姿」を見てもそんなこと分かりませんって。笑

えーと、そうですね、ちょっとマジマジなことも。日本語に限らず、どんな言葉でもごまかすことはできると思うんですね。

むしろ、言語それ自体よりも、「論理的であろうとする精神、あるいは筋の通ったことを言おうとする精神」の問題ではないかと思います。

日本語で 

  • ×第二迷信 
  • URL 
  • at 2008.06.03 19:13 
  • [編集]
戦争中。(もちろん、京の老舗じゃないので、「応仁の乱」、なんてことはない)

「中国語にしても、英語にしても、いちいち【ひっくり返って読まなくては意味がわからない】
これは、彼らの思考が歪んでいる証拠で、日本人だけが、まっすぐな考えをしているんだ」

というようなことを生徒に教えた軍国教師がいたそうな。

まあ、英語でも、口語と文語で違うだろうし、
「単語だけ」で意味が通じる場合もある。
「Happy?」「Happy!」
なんて。

「もうかりまっか?」「ぼちぼちでんな」
京都人よりストレートなはずの大阪人も、言葉だけで会話の中身が伝わるのか?

(「ネタ」と「アピール」の使い分けがようわからん奴もときどき…)

文化をになえる言語 

  • Ladybird 
  • URL 
  • at 2008.06.03 23:42 
  • [編集]
 論理的とは少し違うかもしれませんが,文化を担える言語というのはあると思います.今の日本語はその点まだ発育途上でしょう.国語教育を大切にしてこなかった文科省は大いに反省すべきでないでしょうか.
 英語やドイツ語など皆そうですが,みんなが自国語でせっせと書いたので,それぞれの文化をになえる立派な言語に成長しました(仏語でしか書かなかったリルケのような非国民は別).ヘーゲルの文章を見て,これがかの未開人のゲルマン民族の言語だとは,誰も思わないでしょう.
 皆さん日本語でものを書きましょう.せっせと書いて,文化をになえる立派な言語に作り上げて行きましょう.

明日、レスします~ 

  • えあしゃ 
  • URL 
  • at 2008.06.04 00:01 
  • [編集]
皆様、ど^うもありがとうございます。
いろいろな観点をいただきましたので、よく考えてから明晩、返事いたしまする。

今日は寝ます~
ゴメンナサイ~

NoTitle 

  • 書を守るもの 
  • URL 
  • at 2008.06.04 07:24 
  • [編集]
>えあしゃさん
>とはいえ特定の言語構造を使えば、
頭がより論理的になり得るか、というのは気になるところ。

たとえば
 「草が揺れた」
という表現は論理的ではないと言えるでしょうか?

物理的には「揺れた」原因は「草」にはないので、
因果関係を表すのに不適当ですが。

日本語は論理的に使おう! 

卒論なら英語で書けばすむ場合もあるけれど,日本語でなくてはならないものもありますよね.例えば取扱説明書が論理的でなかったら事故を招くかも知れない.日本語を論理的に書くことは必要です.
(日本語の文章を)論理的に書けと学生に求めてきましたし,自分でも論理的に書くよう努めてます.
言語によって論理性に大差ないと思ってます.ただ,近ごろ論理的でない日本語文が増えてるように感じます.
「主語と述語が必ず備わってる」云々で英語の優位性を唱える議論には賛成しません."It rains."の it は何なんだよーと突っこみたくなります.日本語並みにあるいはそれ以上に主語などを省くハンガリー語は論理的じゃないというんでしょうか.

うけうりで・・・ 

  • ×第二迷信 
  • URL 
  • at 2008.06.04 20:25 
  • [編集]
「私はカモメ」とか「我輩は猫である」とかの続きで言えば、
「オレ、うなぎ。」を英訳すれば【I am eel.】 か?

しかし、状況を考えなきゃ。

桂文珍さんの落語のフリで。
国際線の機内サービスで、美人アテンダントに”Tea? or coffee?”とたずねられた客が、思わず、
”あ、I am coffee・・・”
(^o^)(^o^)(^o^)

ちなみに。
「天候などのit」は、「日本語で解釈」しようとすると、「何なんだよ」ということになりますが、
英語のセンスでは、立派な「主語」でしょうねー。

結局は使い方 

  • えあしゃ 
  • URL 
  • at 2008.06.04 23:07 
  • [編集]
逝きし世の面影さん

私にとって日本語は慣れ親しんだものですが、英語はそうではありません。
私の読む英文は、ほとんどが印刷物(もしくはネット文書)ですから
もちろんきちんとした文章で書かれていますし、
ブロークンはちんぷんかんぷんなので、比較それ自体ができないのですよね。

日本語がごまかしがきく、というのはその通りだと思うのですが、
他の方が指摘してくださっているように、他の言語でもあいまいを入れたり、
ごまかすことは十分に可能なのだと思います。

>黒人英語にもYESとNOが入り混じった言葉が有り、黒人の仲間内だけの隠語の意味も有るようです。

これは興味深いですね。文化が必要な言語を生み出していくわけですね。
とはいえ、ふつうの英語でもまわりくどいNOはあるような気がします。
たとえば、何かに招待されてもあまり行く気がないときには、「may」を使って
「もしかしたら行くかもね」的に言ったりとか。

>日本人の思考(思想)には、過去も未来も無く『果てしなく続く現在』が有るだけだと指摘する学者もいて、なるほどと頷かされます。

うーん、これはおもしろい指摘ですが、いまひとつピンときません。
時制が混乱していたら、世間話でもたがいに何の話かわからなくなるような…。
小説などでも時間軸がはっきりしていないと読んでもわからないですよね。

>たとえば光市裁判の本村洋さん
>彼の論理性は、都合の良い事実だけを喋り真実を隠蔽する詐欺師ペテン師

うーん、私は彼の意見に賛成しているわけではないので。
文章の組み立てに注目すれば、論理的といえるのではないでしょうか? 
間違っていることでも論理的に語ることは可能です。
ただ、他でもおっしゃっている方がいましたが、本村さんは変わりつつあるような気がします。
先日の記者会見では、加害者も人間であり、死刑によってその命が失われる、ことを
認識していましたから。

>重大な判例変更には小法廷(裁判官3人)ではなく大法廷(15人全員)でする
ああ、そうなんですね。
光市裁判があれで確定してしまうと、今後、裁判は世間に迎合しはじめることになりますね。
この国の司法はいったいどこへ向かうのでしょう…

容姿でワカルわ! 

  • えあしゃ 
  • URL 
  • at 2008.06.04 23:16 
  • [編集]
玲奈お姉様

>玲奈お姉様を見ていれば
>「デマ率」が高そうです。(^^;;
んなことありません! その美しく端正な陽子、じゃない容姿を見れば、
その口からくり出される言葉が理路整然としていることは一目瞭然… ん?

>ていうか、私の「容姿」を見てもそんなこと分かりませんって。笑
くーっ つっこまれた! 
玲奈お姉様の書かれた記事を読めば、ですね^^;

>「論理的であろうとする精神、あるいは筋の通ったことを言おうとする精神」

私もこれが大事だと思います。
文章を書くときには、2種類の論理が問われるといえるかな。
ひとつは文章が組み立て上論理的か、もうひとつは言わんとすることが論理的か、ですね。
私にはどちらもなかなか難しいです。はああ。

Oh 国粋主義! 

  • えあしゃ 
  • URL 
  • at 2008.06.04 23:29 
  • [編集]
×第2迷信さん

>「中国語にしても、英語にしても、いちいち【ひっくり返って読まなくては意味がわからない】
これは、彼らの思考が歪んでいる証拠で、日本人だけが、まっすぐな考えをしているんだ」

そ、そ、そんな国粋主義者がいたとは。
ジミントーが道徳教師として雇いそう(笑)
中国や英語圏の国の人が「日本語はゆがんでる!」とか言ったことはないのかしらん。

>口語と文語で違うだろうし、
>「単語だけ」で意味が通じる場合もある。
うーん、たしかに。

>「もうかりまっか?」「ぼちぼちでんな」
>京都人よりストレートなはずの大阪人も、言葉だけで会話の中身が伝わるのか?

いやー京都言語は難しいですね。さすが上方では遠回し表現が発達するのね。
たがいに相手は自分の話を理解していると思っていて、
実は双方ともに誤解していた、とかないのかな。

難しいなあ 

  • えあしゃ 
  • URL 
  • at 2008.06.04 23:43 
  • [編集]
Ladybirdさん

>文化を担える言語
うーん、文化を担える言語ってどういうものだろう。難しいです。
文化という意味では、平安時代の和歌のやりとりなど見ると、言葉のひとつひとつを
大切にしていたことがよくわかりますが。
現代のわれわれは言葉を吟味せずに使っていることが多いかも。濫用ぎみというか。

>国語教育を大切にしてこなかった文科省は大いに反省すべきでないでしょうか.

私、国語教育のあり方、というのがいまひとつ思い浮かばないのですよね。
でもそういえば、小学校4~5年生のときの国語の先生は
言葉のひとつひとつを大事に読み取り、そこから想像することを教えてくれたなあ。
その授業を受けると、教科書のつまらない話でも情景が鮮やかに目に浮かぶようになったものです。
ああいう先生にあったのは一度きりでした。
その先生、文科省の教育指導要領なんかもちろん無視していましたよ。

ああ、もっと難しいコメントが 

  • えあしゃ 
  • URL 
  • at 2008.06.05 00:30 
  • [編集]
書を守るものさん

> 「草が揺れた」という表現は論理的ではないと言えるでしょうか?

このような表現はかなり普通に使われていますね。間違いではないでしょうが、
論理的かといわれると、はて、論理的とはいえないように思えます。

より論理的にするなら、
「風が草を揺らした」とか「草は風にそよいだ」というような文章になるのでしょうか?

それで
>>とはいえ特定の言語構造を使えば、
頭がより論理的になり得るか、というのは気になるところ。
実は、この問題とのつながりがよく見えてません(ゴメンナサイ)

日本語ではあまり論理的とはいえない文章が自然に使われているので、
思考も論理的になりにくい、ということでしょうか?

それとも「草が揺れた」というのはある種の比喩ですか?
先に存在するのは脳の思考パターンであり、それが文章を生み出すのであって、
文章構造が思考に影響することはない、ということでしょうか?

厳密な文章を読み慣れると、自分もマネて厳密な文章を書くようになり、
と同時に考え方も論理的になる、というのはありそうですが、どうでしょう? 
それともこれは因果関係としては、厳密な文章を読み慣れたところで、
考え方も論理的な方向に向かうのかな。。。

いつでも練習 

  • えあしゃ 
  • URL 
  • at 2008.06.05 00:43 
  • [編集]
三ねんせいさん
>(日本語の文章を)論理的に書けと学生に求めてきましたし,自分でも論理的に書くよう努めてます.言語によって論理性に大差ないと思ってます

三ねんせいさんがおっしゃると、説得力がありますね。
論理的に書く、ってつねに心がけていないとなかなか身に付きませんね。

ちなみに、家電などの取扱説明書を読むと、もう少しわかりやすく書けるだろ、と
たいてい思います(ひそかに頭の中で添削^^;)。

>日本語並みにあるいはそれ以上に主語などを省くハンガリー語
そうなんですか! ハンガリー人は名前も日本人と同じで姓が先にきますね。

>"It rains."の it
ふふふ。ほんとですね。

昔、誰かのインタビューを読んでいたら、itとthatがやたら多くて、
何を指してるんだか全然 わかんないゾ、ということがありましたっけ。
ネイティブならわかるのかなー?

あ、ありがちな(笑) 

  • えあしゃ 
  • URL 
  • at 2008.06.05 00:52 
  • [編集]
×第2迷信さん
>”あ、I am coffee・・・”
このときのアテンダントさんの顔を見たいものですね(笑)

私は大学時代に演奏会の当日券売りをしていたとき、
外国人に英語で空いている席をたずねられたんですよね。
で、あせって、このあたりは自由席です、というのを
つい「that seats are free」とやっちゃいました^^;

値段が出ていたので、けげんそうな顔をされただけでしたが。
not reservedと言わなくちゃいけなかったんですよね(恥)

NoTitle 

>ひそかに頭の中で添削^^;
そういう説明書っていっぱいありますよね!

>itとthatがやたら多くて、何を指してるんだか
ネイティブの書いた英文でもそういうのありますね.数学だと指してるものがそもそも抽象的だから,どれをさして it といってるのか曖昧.ネイティブには構文だけから判断つくのか不思議に思うことがあります.

>that seats are free
ああ,その間違い,私もやらかしそうな気がします.「このサイトはリンクフリーです」という毒に頭が冒されてるので.

ゆがんだ言語 

>中国や英語圏の国の人が「日本語はゆがんでる!」とか言ったことはないのかしらん。

あり得ますね.西欧の人がハンガリー語を「不合理な言語」とけなすことがあるそうですから.ハンガリー語は文法が日本語に似てます.

こんにゃく問答 

>たがいに相手は自分の話を理解していると思っていて、
>実は双方ともに誤解していた、とかないのかな。

あり得ます.話が通じて共通認識に達したと双方が確信していて,実は共通認識を得ていないということがあり得るのです.それを論証(?)したのが蒟蒻問答という落語です.昔の日本人の論理的感覚は素晴らしいです.

私たちは共通認識の論理を数学的に分析する研究をしてるのですが,その重要なネタの一つが蒟蒻問答です.健全な理性を持った人たちが同じ問題を同じ前提で考えてさえ共通認識の得られぬ場合のあることを数学的に証明し,論文をすでに発表しました.

京都人 

  • ×第二迷信 
  • URL 
  • at 2008.06.05 19:58 
  • [編集]
いちおう、北海道や関東や四国の方々にも誤解のないように・・・

「もうかりまっか?」「ぼちぼちでんな」
これは、「ストレートな大阪人」の会話で、英訳すれば、
”How are you?” ”Fine, thank you”

京都人だと
「まあ、お茶漬けでもどないどすか?」
これは、けっして
”Wouldn't you like ・・・?”ではない。
(桂米朝さんの落語にて)

おもしろい話題ですね 

  • Ladybird 
  • URL 
  • at 2008.06.05 22:35 
  • [編集]
 「日本語より英語のほうが論理的か?」
 いや,おもしろいテーマですね.話題が次々と広がります.

 I am coffee. 程度なら大丈夫.相手は察してくれます.
 恐そうなのは,Yes と No の取り違え.
 I don't think we need it.
  (それは不要だと思う)
に対し,(うん.不要だと思う)と言うつもりで,
 Yes, I think so.
と答えてしまったときとか...

 ハンガリーとフィンランドは日本と同じ「ウラル-アルタイ語族」だと,遠い昔に習いましたが,今も生きている概念でしょうか?

日本語的英文 

  • えあしゃ 
  • URL 
  • at 2008.06.05 22:43 
  • [編集]
三ねんせいさん
>数学だと指してるものがそもそも抽象的だから,どれをさして it
うわあああ 頭が痛くなりそう(笑)

>ネイティブには構文だけから判断つくのか不思議に思うことがあります.
これは本当に不思議です。

論文でも、私が読んでわかりやすいな、という英文は日本人の書いたものだったりして、
たぶん日本語的に文章をつくっているからなんだろうな、とひとり納得しています。

>「このサイトはリンクフリーです」
ああこれもたしかに和製英語ですね。気づきませんでした。

>ハンガリー語を「不合理な言語」
どこの国も自分がいちばん、ということなんでしょうね。

ハンガリーは民族的に複雑な国でしたね。
ハンガリーに行ったことのある方が、ハンガリー人の容姿は2タイプあり、
一方は金髪・長身、他方は黒髪・短躯だと言っていましたが。

ハンガリー語に似た言語は周辺諸国にないんでしょうか? 
ハンガリー語の成立の話はきっとおもしろいに違いない。

蒟蒻問答 

  • えあしゃ 
  • URL 
  • at 2008.06.05 22:53 
  • [編集]
三ねんせいさん

蒟蒻問答の話、以前教えていただきましたね。

>健全な理性を持った人たちが同じ問題を同じ前提で考えてさえ共通認識の得られぬ場合のあることを数学的に証明し,論文をすでに発表しました.

これをうかがうと、何かとてもホッとします。
同じ問題を同じ前提で考え、どちらも途中で間違えたわけではないのに、
結論は必ずしも同じではない、ということですよね。

三ねんせいさんが記事にされるのを楽しみに待っています^^

お茶漬け 

  • えあしゃ 
  • URL 
  • at 2008.06.05 23:00 
  • [編集]
×第二迷信さん
以前書いたかもしれませんが、

>「まあ、お茶漬けでもどないどすか?」
大学時代から京都に住みはじめた友人は、入学当初、およばれに行った家で、
しっかりお茶漬けを食べてきたそうです(^^;)
 
いやー、知らなきゃ「帰って」という意味だなんて、想像もつきません。

能力を超えたテーマだったか?(笑) 

  • えあしゃ 
  • URL 
  • at 2008.06.05 23:17 
  • [編集]
Ladybirdさん

>いや,おもしろいテーマですね.話題が次々と広がります.
おもしろいですが、私の脳はもういっぱいいっぱいです(笑)
この苦闘ぶりをLadybirdさんはおもしろがっているでしょ?

>I am coffee. 程度なら大丈夫.
よjかった(笑) 

>(うん.不要だと思う)と言うつもりで,
 Yes, I think so.
と答えてしまったときとか...

これ、私は絶対やっちゃうと思う! 

>ハンガリーとフィンランドは日本と同じ「ウラル-アルタイ語族」

あ、そうなんですか? ハンガリー人はフン族やマジャール人が
起源になっているだったんでしたっけ? 
あ、ウィキによればハンガリー語はウラル語族ということのようですね。

ハンガリー語 

読めるようになりたいのだけれどなかなか勉強できずにいます.
ウラル・アルタイ語族という概念は廃れたようですね.アルタイ諸語を語族と考えるのは無理があるらしい.ウラル語族にはハンガリー語(マジャル語),フィンランド語,エストニア語,サモエード語などがあります.フィンランドとエストニアは隣り合ってるけどその他はばらばらですね.たぶん,ウラル語族の人たちが分かれて移動していったのでしょう.ハンガリーは「言語の島」状態で,インドヨーロッパ語族に取り囲まれてます.
二つのタイプは,マジャル人が移動してきてハンガリー盆地に住み着いたとき,先住民のスラブ系の人たちと混じり合った結果じゃなかったかな?黒髪がマジャル系,金髪がスラブ系.この辺はうろ覚えです.
第一次大戦で国土のかなりをルーマニアに取られて,いまもルーマニアにハンガリー系の民がいます.コマネチ選手もそうです.

共通認識の論理 

>同じ問題を同じ前提で考え、どちらも途中で間違えたわけではないのに、
>結論は必ずしも同じではない、ということですよね。
そうではなくて,同じ結論に向かって論証が進んでいく,つまり神の目から見たら二人は同じことを考えてる,それなのに「私はこう考えてるんだけどあなたも同じ?」と伝える力が双方に足りず,同じ認識をしてることを確かめようがないという状況が起こり得るのです.
問題を解いていく過程で,問題自身を表現するだけのときよりももっと複雑な概念が求められることがありますよね.そのことが関わってくるのです.

ハンガリー語の特徴 

ハンガリー語は日付を年月日の順に,人名を姓名の順に,地名も広い方から順にいうなど日本語と共通なところがあります.構文も似てます.一方,日本語とちがうのは(1)名詞に単数・複数がある; (2)冠詞がある; (3)所有接尾辞がある; (4)動詞が人称変化する; などです.
名詞の複数形の使われるのは数量を示す形容詞で修飾されてないときに限り,「二つ」とか「たくさん」とかで修飾されていたら必ず単数形にします.これは主語の省略などと同じく,論理的にわかりきったことはわざわざ言わない思想なのだろうと私は思ってます.
西欧人は「ふたつ」といいながら単数名詞を使うのを不合理と見ます.

省略といえば,二~三行のセンテンスでどうも述語が見当たらないと苦労して読み解いたら,目的語も述語動詞も省略されていて,全体が一つの長ーい副詞句だったことがあります.日本語顔負け.

開拓の民 

  • えあしゃ 
  • URL 
  • at 2008.06.06 19:34 
  • [編集]
三ねんせいさん

ウラルの民というのは、開拓精神にあふれていたのでしょうか。
それともより豊かで暖かい土地を求めたということかもしれませんが。

>黒髪がマジャル系,金髪がスラブ系.
ああ、私もそんな話を聞いたことがあります。
ただ、いろいろな形で混血していると思うのですが、
表現型としてはどちらかの特徴が強く現れるのでしょうか? なんとなく不思議です。

>コマネチ選手
ああ、そうなんですか! 
オーストリア=ハンガリー帝国は第一次世界大戦で崩壊(というのかな?)しましたものね。

共通認識の論理は蒟蒻問答でしたね 

  • えあしゃ 
  • URL 
  • at 2008.06.06 19:44 
  • [編集]
三ねんせいさん
>「私はこう考えてるんだけどあなたも同じ?」と伝える力が双方に足りず,同じ認識をしてることを確かめようがない
失礼いたしました。そうですね、蒟蒻問答ですから、対話に問題があるのですね。

>問題自身を表現するだけのときよりももっと複雑な概念
うううううむ。たしかに別の概念を導入しないと、問題が解けないことはありますね。
そうしてそれぞれ導入した複雑な概念を相手に十分に説明しきれない、
ということなのでしょうか? 
難しいですね。

ハンガリー語、おもしろそう 

  • えあしゃ 
  • URL 
  • at 2008.06.06 19:59 
  • [編集]
三ねんせいさん
>論理的にわかりきったことはわざわざ言わない思想

たしかに見方によっては合理的ともいえますね。でも、勉強するのは大変そう…。
何というか論理のパターンをのみこむまで、時間がかかりそうです。
それに、動詞の人称変化は考えただけでげっそりします(笑)

>目的語も述語動詞も省略されていて,全体が一つの長ーい副詞句

あらら(笑) 会話でも省略するんですよね? 
でも、長ーいのは文語体(と言っていいのかな?)だけでしょうか。

具体性 

  • えあしゃ 
  • URL 
  • at 2008.06.06 20:13 
  • [編集]
そういえば、日本語と英語で私がいちばん違いを感じるのは、述語の使い方だったりします。

日本語だと、「~をする」「~をやる」という表現が普通に使われますが、
英語だとそれぞれ動詞を使い分けますよね?

結果、日本語ではたとえば「私はさっきまで勉強をしていた」でも
目的語が入っている普通の文章ですが、
英語の場合はstudyが動詞ですからそのほかに目的語(たとえば数学とか科学とか)が入らないと
文章として成立しないように思います(単なる印象なので、違っていたら教えてください)。
その分、英語の方が具体的にはなりやすいのかな、と。

とはいえ、日本語でも述語を使い分け、
具体性のある文章をつくることはできるのですから、
やはり使い手の文章力が問われるということになるでしょうね。

それから、日本語は ~の で単語をつなぐことが多いですね。
これも一種の省略だと思いますが、それによって文章の明確さが欠けることもありますね。
もちろん「の」も、日本語できちんと書き分けることができるわけですが。

と、いま思いついたことを書いてみました。

NoTitle 

  • Ladybird 
  • URL 
  • at 2008.06.06 20:59 
  • [編集]
 そうか.アルタイ諸語というくくりに無理があるわけですね.
 歴史とか民族とかをあまり知りませんが,東欧は興味深いエリアです.

 さすが「お茶漬け」は極端ですが,似たような婉曲表現は英語でもあると思います.
- May I help you? (何かご用ですか?)
は,シチュエーションによっては,Get out of here. (出てけ!)の婉曲表現;
- Excuse me! (おい!)
は,「やめろよ」,「どけよ」,等の婉曲表現;
 だったりする.物言いのスルドさ等から空気を読まないと,次はパンチが飛んでくるかも.

~をする 

  • Ladybird 
  • URL 
  • at 2008.06.06 21:10 
  • [編集]
 「do + 名詞」(英語)とか「fair + 名詞」(仏語)とかの表現は,けっこうあるようです.
 「さっきまで勉強していた」I have been working. (目的語は不要)
 ほとんど挙げ足とりですね.

勉強する 

  • ×第二迷信 
  • URL 
  • at 2008.06.07 09:20 
  • [編集]
これも、考え方の問題で、
「勉強」という作業を「実行」している、と思えば「勉強」そのものが「目的語」なんですが、
「勉強する」ということ自体が、「なにを勉強するんだ?」と突っ込まれなきゃ意味が通じないことはありますね。

大臣が「勉強させていただきます」なんて答弁。
オバチャンが店主に「もうちょっと勉強しなさいよ」

息子が「勉強してる」だけで、満足してる親…。

 とりあえず、「文化」も知らん小学生に、英語を教えるのは、非合理的でしょうね。

コワイ婉曲表現^^; 

  • えあしゃ 
  • URL 
  • at 2008.06.07 09:51 
  • [編集]
Ladybirdさん
>東欧は興味深いエリアです.
私も興味はあるんですけど、なかなか手を出せないですね。
目の前のことがつい先になって。

そういえば、ハンガリーに行った方は交換留学みたいな形だったのですが、
ハンガリーに日本人が行くよりも、
ハンガリー人が日本にくる方がビザの取得等の審査が厳しかったそうです。
まあ分野(ナイショ)もあるのかな…。あ、東西ドイツ統一の少し前です。
 
>May I help you? (何かご用ですか?)→(出てけ!)
>Excuse me! (おい!)
は,「やめろよ」,「どけよ」

うおー 今度から、こういう表現を聞いたらとっとと逃げることにしよう(笑)

会社に入って、海外からきた手紙をときどき読むようになってから、
英語にいかに丁寧・婉曲表現が多いかに気づかされました。

つっこまれると思ってたけど(笑) 

  • えあしゃ 
  • URL 
  • at 2008.06.07 09:57 
  • [編集]
Ladybirdさん 
>「do + 名詞」(英語)とか「fair + 名詞」(仏語)とかの表現は,けっこうあるようです.

そうなんですね。

>I have been working. (目的語は不要)

そうか、こういう使い方もしますよね。
うーん、考えが足りなかった!

目的語 

  • えあしゃ 
  • URL 
  • at 2008.06.07 10:10 
  • [編集]
>大臣が「勉強させていただきます」なんて答弁。
ふふふ、曖昧表現の最たるものですね^^
相手の望んでいるものでなく、自分の勉強したいものをすればいいんですから。

>息子が「勉強してる」だけで、満足してる親…。
勉強してるのはエロ本とか、、ありそう(笑)、

>「文化」も知らん小学生に、英語を教えるのは、非合理的
たしかに。
まわりにも英語教室に行き始めた小学生が多くて。…うううむ、それより遊ぼうよ。。。

とはいえ、英語を(遊びで)翻訳していると、日本語の勉強になるなあ、と
いうことがよくあります。
とにかく日本語を使いこなせて、しかも、英語文化圏のことを知らないと
まともな翻訳ってできないんだろうなあ、と。

共通認識の難しさ 

>そうしてそれぞれ導入した複雑な概念を
>相手に十分に説明しきれない、
>ということなのでしょうか? 
そのとおりです.例えば二次方程式は加減乗除だけでわかるけれど,解こうと思ったら平方根が要ります.そこで平方根について伝えあうことができないと,共通認識にならない.

ハンガリー語文法 

>動詞の人称変化は考えただけでげっそり
私も暗記できなくて,文法表を見ながら読まなくてはならない状態です.
しかし人称変化のおかげで「私」や「あなた」を主語に使う必要があまりないという長所も.

長い副詞句が一般的かどうかわかりませんけれど,上のコメントに書いた例は文学などじゃなくて説明文です.会話でも使いそう.

もう一つハンガリー語のよいところは,我々が英語で犯すようなyes/noの間違いの起こりにくいこと.Yes/noに当たる語はありますけど,ふつうyes/noじゃなくて質問に使われた述語動詞を肯定形か否定形で言います.
「山へ行かない?」と問われたら「行きます」とか「行きません」とか答えるので,否定疑問文でも肯定疑問文でも心配ありません.

そういえば 

  • Ladybird 
  • URL 
  • at 2008.06.08 02:51 
  • [編集]
 スペイン語も主語をよく省略しますね.動詞の活用形で主語は言わなくてもわかる.元のラテン語がそういう言語らしい.

日本語も 

  • えあしゃ 
  • URL 
  • at 2008.06.08 11:32 
  • [編集]
三ねんせいさん
>平方根について伝えあうことができないと,共通認識にならない
たしかにそうなると、共通認識に至るのは難しいですね。

>人称変化のおかげで「私」や「あなた」を主語に使う必要があまりない
パターンさえ覚え込んでしまえば、合理的にできているんですね。

>「山へ行かない?」と問われたら「行きます」とか「行きません」とか答える

これなら、聞く方も答える方も混乱しませんね。
日本語でも否定形でたずねられたときには、「はい」「いいえ」よりも
たとえば「行きます」「行きません」で答える方が多いかもしれませんね。
とにかく私は「これ、いらない?」とたずねたとき、「うん」という答が返ってくると、
「それ、いらないって意味?」と聞き返したりします。

省略 

  • えあしゃ 
  • URL 
  • at 2008.06.08 11:39 
  • [編集]
Ladybirdさん
>スペイン語も主語をよく省略しますね.動詞の活用形で主語は言わなくてもわかる

「わかるものは省略する」がどこの国でも(たぶん)基本なんですね。

そういえば、ヘミングウェイがイタリア語だったかな、
それを母国語とする人に「すぐに覚えられたよ、簡単だね」などと言ったら、
「文法を勉強してごらん」と言われたそうです。
そして、いざ勉強してみたらあまりの難しさに辟易したとか。

これも多くが省略される会話と
省略を基本的には許さない書き言葉の違いなのかもしれませんね。

NoTitle 

  • 書を守るもの 
  • URL 
  • at 2008.06.08 17:11 
  • [編集]
>えあしゃさん
レスありがとうございます。
また、ご返事遅くなって申し訳ありません。

>より論理的にするなら、
「風が草を揺らした」とか「草は風にそよいだ」というような文章になるのでしょうか?

例文にあげた「草が揺れた」は、田中克彦の「チョムスキー」(岩波書店、同時代ライブラリー、p.76-78)からパクったものです。えあしゃさんのレスに述べられていることと同じような考察がされてますので、機会があればご一読ください。
アメリカの言語学者E.サピアによれば、、
"The grass waves in the wind."
という文は、
「人によっては、ちょっと見たところこの文があまりに詩的で比喩的だと思うかもしれない」という代物のようです。
詩的で比喩的というのは日常感覚から離れているという意味だと私は解釈しています。つまり、論理ではなく感覚の問題かなと。

>日本語ではあまり論理的とはいえない文章が自然に使われているので、
思考も論理的になりにくい、ということでしょうか?

「状態」を描写する文に「因果」を織り込む必要はない、と私は考えています。主語によって動詞が変化する英語(I am、You are、等)は行為の主体が重要でしょうけれども、それは英文法の問題であって論理とは別だろうと。
例えば、
 「草は揺れていない」
という文はどうでしょうか。
物理的には、静止しているものにはそれ自身静止し続ける性質があるわけですが。

やっぱり難しいです 

  • えあしゃ 
  • URL 
  • at 2008.06.08 23:30 
  • [編集]
書を守るものさん

もう少し考えてみたいと思いますが、とりあえず表面的なレスだけしてみます。

>「チョムスキー」
昔、私もチョムスキーについての本を買ったなと思って探したところ、
『ノーム・チョムスキー』という翻訳本でした。残念。でも、ぜひ読んでみたいと思います。

ちなみに、ムスメが言葉を覚えていく過程で、生成文法の考え方が
かなり身近に感じられました(生成文法についてまともに勉強したことはないのですが)。
たとえば、彼女は「花」という言葉と「チューリップ」というより
具体性のある言葉を混乱したことはなく、また否定形を使いはじめたとき、
「こない」ではなく「くるない」のような言い方をしていたのですよね。

こうした経験の後、チョムスキーについて読んでみると、
以前とはまた違った感想をもつかもしれない、と思っています。

えー、話が思いっきりずれました^^;

>"The grass waves in the wind."
> 詩的で比喩的だと思うかもしれない

そうですね。これは情景を目に浮かばせるための文章のように思います。
事柄を淡々と記すにはもっとぴったりした文章があるのでしょう。

>「状態」を描写する文に「因果」を織り込む必要はない

たしかにそうですね。
うーん、、、でも私、おっしゃることをきちんと理解できていないと思います。

玲奈お姉様に対するレスで、文章の組み立ての論理性と、
言わんとすることの論理性、という言い方をしましたが、
文章の組み立ての論理性、という言い方は妥当ではないのかもしませんね。
文法上間違っていないか、といった方がよいのかな。

論理的に話を進行させるときには、文章もまた無駄がなく、
また因果関係を含めて書いた方が正確に読者に伝わりますね。

しかし、文学作品などでは、文章で因果関係を正確に書くよりも、
それを読者に想像させる方が表現としては深みが出るのかもしれません。

…といったことを書を守るものさんのコメントから考えていましたが、的はずれでしょうか?

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