ひねもすのたのた

とりあえず日常かな

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  • [No Tag]

スタルヒン

旭川にプロ野球の試合が1年に1回ほど行われる球場がある。
303勝をあげた投手、ヴィクトル・スタルヒンの名を冠したスタルヒン球場だ。

1916年生まれのスタルヒンは、ロシア革命禍により両親とともに2歳でハルビンへ逃れ、
その後、9歳のときに旭川に住み着いたという。
生きるのもやっとの生活を送りながらも、彼は子供たちが楽しんでいる野球にひかれた。

1936年に巨人に入団し、翌年には徴収された沢村栄治に代わってエースの座についた。
長身からくり出すストレートは160km/hにも達したという。
戦争の足音がそこここから聞こえてくる頃。
スタルヒンは自身の名前を須田博と変えざるを得なかった。

39年には、泥沼化する日中戦争をよそに、
彼は年間42勝というとてつもない記録を打ち立てている(稲尾と同じ)。
その年15敗もしているのだが、記録をみると68試合!も投げたらしい。
投球回数は実に458回だ。

だが、太平洋戦争に突入し、戦況が苦しくなると、
母国から逃れてきたといえ、ロシア人である彼は、敵性外国人として
収容されてしまった。(沢村栄治はこの間に戦死)

戦後、プロ野球に復帰し(このときも多少トラブる)、球団をいくつか渡り歩いたすえ、
1955年に303勝をあげた。
しかし、その年に引退する。
その背景には、“外国人”としか見えないスタルヒンが史上初の300勝をあげたことを
快く思わないものがいたともいう。

わずか2年後、スタルヒンは自動車で路面電車に追突し、事故死した。
享年40歳。

同時代の沢村栄治は野球ファンでなくても知っている。
でも、スタルヒンは野球ファンでも知らない人は少くないのではないか。

スタルヒンは国籍をもたなかったという。

両親がロシア人とはいえ、まだ小さい頃から日本で生活していたわけだから、
おそらく彼の母語は日本語ではなかったか。

生まれた地ではなくとも、唯一慣れ親しんだ土地。
友人を、妻を、娘を得て、おそらくは故郷にもなり得た場所。
でも、日本は彼を迎え入れようとはしなかった。
  • [No Tag]

Comment[この記事へのコメント]

国籍 

  • ×第二迷信 
  • URL 
  • at 2008.04.23 23:07 
  • [編集]
阪神の金本が、オリンピックの韓国代表に引っ張られたら…
という可能性もないことはなかったが、
(アメリカは、メジャーリーガーを拘束したが、日本のプロは参加させたので。ウィリアムスが日本の金メダルを阻んだな…。)

金田とか、張本とか、王とか、
「外国籍」で活躍した人は多いですがね。
(新浦とか、福士とか、韓国の野球を盛り上げた先人もいます)

 おまけ。
 むかし、岡山東商業に「ライト」君という、でかいオーストラリア人(留学ではなく、元々が日本育ちなので、英語より岡山弁)が活躍して、「甲子園」でベスト8まで行ったことがあります。甲子園ベスト8だと「国体」にも出られますが、「国民」でないからといって、チームは出場できてもエースは出場できず。
(それでも優勝しちゃうところが、一発勝負の野球ですね。ダルビッシュ君抜きで真壁君ひとりで投げぬいたようなもん。※エースの代わりが「ライト・松下君」という、ややこしいアナウンス…。)

ダルビッシュは国体にも出てたけど。

たしかに 

  • えあしゃ 
  • URL 
  • at 2008.04.23 23:26 
  • [編集]
外国籍の方、活躍してますねー
金田もそうでしたか。

ライト君、残念ですね。国民じゃなくても、何年か住んでいれば出られるようにすればいいのに。
ダルビー君は二重国籍だったから問題なかったんですね、きっと。いまは日本国籍だけど。

森本はどうかな、と思ったのですが、彼も日本国籍をとっていました。

1月にマスターズリーグを見てきましたが、新浦が出ていて感動しました。
ヤクルトの若松とか(アナウンスの聞き違いかと思った)、
おいおい、走って大丈夫か^^;なーんて人も何人か…。でも、みんな元気で、楽しそうでした。

スタルヒン 

母が野球ファンだったので私もおぼろげながら記憶があります.テレビが世の中になかった時代にラジオで野球中継を聞いたことがあります.名投手でしたよね.
日本国籍がなかったり,国籍があっても出身が外国だったりすると,それだけで理不尽な苦労をすることになります.「国を愛せ」と教育する国はそんなものです.

国を愛せ 

  • えあしゃ 
  • URL 
  • at 2008.04.25 19:35 
  • [編集]
三ねんせいさん
スタルヒンをリアルにご存じなんですね。
ウィキなどで書いてあることを読むだけでも、
すごい投手だったということが伝わってきます。

>「国を愛せ」と教育する国
教育されるものじゃないはずですよね。

さらに、国を愛するだけなら本当は問題ないはずなのですが、
そこに排除の論理がはたらきやすいところが問題だと思います。

他の国をけなすことにより自分の国を相対的にあげようとしたり、他国の人間を貶めたり。
仲よしグループが他の子を仲間はずれにするのと同じような現象がおこるのですよね。

「外国人」アスリート 

  • なめぴょん 
  • URL 
  • at 2008.04.25 23:47 
  • [編集]
「おかあちゃん」については語る言葉をまだもてない独身のおっさん(第一段階努力中)ですが、「スポーツ」は、肉体と精神の解放=ロッケンロール!と信じる者(だから現代オリンピックは、北京でなくても支持しない)として、こっちでコメントします。

70年代に野球をおぼえた神戸出身者だから、当初Gファン→成長するに従い「阪神というありかた」に良くも悪くも染まりきる。だったんで、スタルヒンのことは小学生のときから本で知ってました。

古くはバースさま(息子の看病で帰国せざるを得なくなったとき、「私設応援団長」が、「おまえなんかいらんはよ帰れ」と言い放った)、横綱になれなかった小錦、なれたけどヒールとして楽しみ消費された後で使い捨てられそうになった朝青龍などを思うとき、なんともやるせない気持ちになります。
たとえば日本人が単身韓国に渡ってテコンドー王者になったと仮定して、どれだけのガッツと覚悟と心意気が必要なんだろうと想像すればなおさら。

ただし、一方プロレスなんかの世界では、アメリカの二元論勧善懲悪(あくまでも、かれらにとっての悪)に比べ、はるかに「日本のファンはファイトそのものを評価してくれた」と語る外国人レスラーも多いんですけどね。

かげながら第一段階応援^^ 

  • えあしゃ 
  • URL 
  • at 2008.04.26 21:06 
  • [編集]
なめぴょんさん
いらっしゃいませ~♪
現代オリンピックは結局、政治に利用されるんだよなー、と今回はつくづく。
モスクワもロスもそうでしたよね。

>「おまえなんかいらんはよ帰れ」
バースってとても人のよい人だったらしいですね。
あまりよく知らなかったのですけれど、この応援団長の言葉は
ショックだったので覚えています。
でも大事な人だと思っていたから気持ちの裏返しだったのかも。
だからといって、言ってよい言葉とは思いませんが。

朝青龍は記憶に新しいですが、“強いものいじめ”をしているようにしか
見えませんでしたよね。彼を誇りに思っているモンゴルの人たちの気持ちも踏みにじって。

こういうとき、日本人の狭量さに本当に悲しくなります。

>日本人が単身韓国に渡ってテコンドー王者になった
そうなんですよね! なんで想像できないんだろう? 

なめぴょんさんも中国で孤軍奮闘中?
(夫の勤めている企業も、中国に会社があるのですが、
考え方が全然違うので苦労が絶えないと夫が言っていました)

Comment_form

管理者のみ表示。

Trackback[この記事へのトラックバック]

Menu

最近の記事 ▼

ブログ内検索 ▼

プロフィール ▼

FC2カウンター ▼

ブロとも申請フォーム ▼

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。