“感情的な反応”ですか?
岩国在日兵のレイプ事件に関しては、水葉さんをはじめとして
アマゾネスのお姉様方、お兄様方がすでに
いろいろ書いているし、小耳にはさんだところによると、
村野瀬玲奈お姉様が素敵な記事を書く予定らしい(^^)ので、
私の出る幕はないんですが、ちょっとだけ。
こういう事件があると誰かが必ず「何か」を言う。
今回は広島県知事が「午前3時までうろつく未成年はどうかと思う」と言った。
こういう暴言があったときにいちばん悲しいのは、
ごくごく理性的あるいは論理的に見える人が、
「言葉自体はよくないが、言っていることはおかしくない」とか
「文脈から判断すればそれほど問題はない」
といかにも冷静に発言することだ。
彼らがなぜそう言うか、それはわかる。
「こんな夜にうろつくなんて」という言葉だけなら、
もちろん親が子供に言うようなことでもある。
でも、彼女が受けたのはレイプ。
その恐怖を自分自身で想像したことがあるなら、
自分が受けたことがあるなら、決してこんなふうには言えないはずなんだよね。
私はレイプを受けたことはない。
けれども夜道を歩いていて、背後からやってきた自転車の男に
いきなり口をふさがれたことはある。
彼は自転車でそのまま行ってしまったけれど、
心臓が凍り付きそうな恐怖を感じた。
女性であれば痴漢を受けたことがない、という人の方が少ないと思うし、
ひとりで夜道を歩くときには、たいていの女性は恐怖を感じずにはいられないだろう。
レイプにあった女性がどんな思いをしたか、これからどういう思いを抱えていくのか、
考えただけでも苦しい。
レイプの被害者はしばしば自分を強く責めるという。
あなたは悪くないし、汚くもない、と伝えたい。。
でも“理性派”の人々はしばしば、女性のこうした苦しみや恐怖感をすっとばして、
「言葉自体はそれほど問題ではない」と言い放つ。
柳沢厚生労働大臣の「女性は産む機械」発言のときもそうだった。
「言葉はよくないが、文脈をみればたいした問題ではない」
たしかに、冷静に見ればそうなのだろう。
もちろん私だってその論理は理解できる。
でも女性が“産む”にしろ“産まない”にしろ、
そこでさまざまな問題に突き当たることが彼らにはわかっていない。
産みたいけど経済的な理由や体の問題で産むことができない女性もいるし、
産みたくないのに産めと迫られる女性もいる。
仕事にやりがいを感じている女性なら、子供がほしいと思っても、
それはたいていのケースではキャリアを捨てることを意味するから躊躇するだろう。
“産む”ことに関して、多くの女性はさまざまな痛みを感じている。
そのために噴出する怒りをいわゆる“理性派”は感情的な反応だと批判する。
“感情”あるいは“過剰反応”と見えるものの背後には、
しばしば弱者のやり場のない怒りや恐怖が存在する。
そのことを“理性派”の人々にはわかってほしいと思うのだ。
とはいえ、私自身だって他人のもつ苦しみを理解できるとはいえない。
他人への想像力だけはもちたいとは思っているけれど。
アマゾネスのお姉様方、お兄様方がすでに
いろいろ書いているし、小耳にはさんだところによると、
村野瀬玲奈お姉様が素敵な記事を書く予定らしい(^^)ので、
私の出る幕はないんですが、ちょっとだけ。
こういう事件があると誰かが必ず「何か」を言う。
今回は広島県知事が「午前3時までうろつく未成年はどうかと思う」と言った。
こういう暴言があったときにいちばん悲しいのは、
ごくごく理性的あるいは論理的に見える人が、
「言葉自体はよくないが、言っていることはおかしくない」とか
「文脈から判断すればそれほど問題はない」
といかにも冷静に発言することだ。
彼らがなぜそう言うか、それはわかる。
「こんな夜にうろつくなんて」という言葉だけなら、
もちろん親が子供に言うようなことでもある。
でも、彼女が受けたのはレイプ。
その恐怖を自分自身で想像したことがあるなら、
自分が受けたことがあるなら、決してこんなふうには言えないはずなんだよね。
私はレイプを受けたことはない。
けれども夜道を歩いていて、背後からやってきた自転車の男に
いきなり口をふさがれたことはある。
彼は自転車でそのまま行ってしまったけれど、
心臓が凍り付きそうな恐怖を感じた。
女性であれば痴漢を受けたことがない、という人の方が少ないと思うし、
ひとりで夜道を歩くときには、たいていの女性は恐怖を感じずにはいられないだろう。
レイプにあった女性がどんな思いをしたか、これからどういう思いを抱えていくのか、
考えただけでも苦しい。
レイプの被害者はしばしば自分を強く責めるという。
あなたは悪くないし、汚くもない、と伝えたい。。
でも“理性派”の人々はしばしば、女性のこうした苦しみや恐怖感をすっとばして、
「言葉自体はそれほど問題ではない」と言い放つ。
柳沢厚生労働大臣の「女性は産む機械」発言のときもそうだった。
「言葉はよくないが、文脈をみればたいした問題ではない」
たしかに、冷静に見ればそうなのだろう。
もちろん私だってその論理は理解できる。
でも女性が“産む”にしろ“産まない”にしろ、
そこでさまざまな問題に突き当たることが彼らにはわかっていない。
産みたいけど経済的な理由や体の問題で産むことができない女性もいるし、
産みたくないのに産めと迫られる女性もいる。
仕事にやりがいを感じている女性なら、子供がほしいと思っても、
それはたいていのケースではキャリアを捨てることを意味するから躊躇するだろう。
“産む”ことに関して、多くの女性はさまざまな痛みを感じている。
そのために噴出する怒りをいわゆる“理性派”は感情的な反応だと批判する。
“感情”あるいは“過剰反応”と見えるものの背後には、
しばしば弱者のやり場のない怒りや恐怖が存在する。
そのことを“理性派”の人々にはわかってほしいと思うのだ。
とはいえ、私自身だって他人のもつ苦しみを理解できるとはいえない。
他人への想像力だけはもちたいとは思っているけれど。
- [No Tag]




おみごとな反撃です。(爆)
これはマジマジに書かなければいけないですね。