ひねもすのたのた

とりあえず日常かな

議論の難しさ

リアルで議論をしているとき、難しいな、と思うのは相手の理解度を推し量ること。これが最低限できないと、よい議論はできないと思うのだけど。相手は当然知っているだろう、あるいは理解しているだろうと思って話を進めると、途中で話がすれ違っていることがわかることがある。逆に、相手が自分の理解してほしいことを何も言わないので、わかっていないのではないかと念を押すと、もうその問題はすでに折り込みずみで相手はさらに...

疑うということ1

ニューヨークに長年住んでいた知り合い(元上司の、という方が正確だけど)が911の直後のニューヨークは不気味だった、と言っていた。街全体がほこりっぽいとか、異様なにおいがするとか、そういうことではない。誰もが悲憤慷慨している、やり場のない悲しみと怒りにうちふるえている、それは当然なのだけど、誰ともなく、アメリカ国旗を打ち振り、「アメリカ イズ グレイト」、「自由の国アメリカ」と叫ぶのだそうだ。これはどこ...

日本語は論理的か?

大学時代、卒論の内容がどうにも整理つかずに苦しんでいたら(そういえば当時はフロッピーディスクで一太郎を動かしていた)、助手の方が見かねて「おーい、えあしゃ、英語で書いてみたらどーだい?」と言った。「日本語だってまともに書けないのになぜ英語なんですか?」とたずねたら、「英語の方が論理的だから…やってみたら?」いや、やってみたらも何も、単語すら思い浮かびませんって(笑)ま、それはともかく、英語が日本語...

ブログで討論する

先日の「母性」に関する愚樵さんとの対話は、いまふり返るとまったくきついものでしたが、考えさせられるものでもありました。終わってみて、ブログで討論するには何が必要かといえば、それは相手の視点を自分ももつこと、だと思いました。別に視点を一致させる必要はまったくありません。相手がどんな視点をもっているかを確認する。それにより、自分がどういう言葉をいえば、相手に伝わるか、誤解を招かないか、判断できるのだな...

私はヘタレだから

私はとってもヘタレな人間だからたとえば逮捕されて「吐け」っていわれたら、あることないこと自白しちゃうだろう。隣組ができて、「こういう規則があるので、従ってください、さもないと…」と言われたら、「はい」と言ってしおしおと従っちゃうだろう。「君が代を歌わないと職を解雇しますよ」と言われたら、それがイヤなときでも歌うフリをするかもしれない。私はそんな社会にはしたくない。いつも見張られて、いつもひとつひと...

考えることと話すこと

多くの人は考えながらしゃべることができるらしい。話しながらぽんぽんジョークもとび出したりする。こういう人たちを私は本当に尊敬してしまう。私だってまったくできないわけではない。子供のこととか、日常のこととか、何かに対するちょっとした感想とかならなんとかいける。でも、ひとたび真剣な話題になったら、まったく歯が立たない。歯が立たない、というのはおかしな言い方だが、話し相手に対して、というのもそうだけど、...

赤狩り

もちろん、赤狩り――マッカーシズム――のことは知っていた。アメリカのさまざまな人々、教養のある人も、高い地位をもつ人も、兵士も士官も、ハリウッドの俳優や監督たちも、赤狩りによって職を追われたり、投獄されたりした。しかし、赤狩りが単なる歴史ではなく、現在も起こりうることとして重く感じられたのは、劇作家リリアン・ヘルマンの『眠れない時代』を読んだときだったと思う。彼女は、オードリー・ヘップバーン主演の映画...

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