ひねもすのたのた

とりあえず日常かな

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科学捜査…でも

最近、宇宙は137億年前に生まれた、とよく見るが、ストップウォッチで計ったのかと言いたくなる。137億年前という数値は、宇宙の背景放射(“宇宙の温度”)を詳細に観測し、そこから計算したらしい。(昔は単純に宇宙が拡大する速度を示すハッブル定数の逆数だったけど)しかし、その計算式はもともとビッグバンのモデルから引き出したものだろう。超高温・高圧のビッグバンから現在までの温度低下から逆算したのかなと推測する...

疑うということ2

日本人は、印刷物に書いてあるものが“正しい”ことに慣れすぎている、と思う。ひとつの原因は、学校教育で使う(少なくとも高校までの)教科書は基本的に“正しい”ことしか書いていないからだろう。理科でも社会でも、基本的に“真実”“定説”とされている事柄しか記載されていない。現在進行形の理論を取り上げることは御法度のようだ。だが、学問をするうえでこれは大きなマイナスだと私は思う。科学理論が健全に(というのもおかしい...

怒りと哀しみの形

玲奈お姉様のこの記事を読みましたか?読んでいない方はぜひ読んでくださいね。以下は感想にかえて。自分や周囲に起こった衝撃的な出来事、多くの人々はそれを受け止めて消化することができないのだと思う。私も同じ。先日の「忘れられない」で触れた事件がもしレイプに発展していたら。それはきっと自分には受け止めることのできないものだった。戦争で人々が失ったもの、目にしたもの、きっとフランスでも、多くの人々がそれを受...

議論の難しさ

リアルで議論をしているとき、難しいな、と思うのは相手の理解度を推し量ること。これが最低限できないと、よい議論はできないと思うのだけど。相手は当然知っているだろう、あるいは理解しているだろうと思って話を進めると、途中で話がすれ違っていることがわかることがある。逆に、相手が自分の理解してほしいことを何も言わないので、わかっていないのではないかと念を押すと、もうその問題はすでに折り込みずみで相手はさらに...

疑うということ1

ニューヨークに長年住んでいた知り合い(元上司の、という方が正確だけど)が911の直後のニューヨークは不気味だった、と言っていた。街全体がほこりっぽいとか、異様なにおいがするとか、そういうことではない。誰もが悲憤慷慨している、やり場のない悲しみと怒りにうちふるえている、それは当然なのだけど、誰ともなく、アメリカ国旗を打ち振り、「アメリカ イズ グレイト」、「自由の国アメリカ」と叫ぶのだそうだ。これはどこ...

日本語は論理的か?

大学時代、卒論の内容がどうにも整理つかずに苦しんでいたら(そういえば当時はフロッピーディスクで一太郎を動かしていた)、助手の方が見かねて「おーい、えあしゃ、英語で書いてみたらどーだい?」と言った。「日本語だってまともに書けないのになぜ英語なんですか?」とたずねたら、「英語の方が論理的だから…やってみたら?」いや、やってみたらも何も、単語すら思い浮かびませんって(笑)ま、それはともかく、英語が日本語...

ブログで討論する

先日の「母性」に関する愚樵さんとの対話は、いまふり返るとまったくきついものでしたが、考えさせられるものでもありました。終わってみて、ブログで討論するには何が必要かといえば、それは相手の視点を自分ももつこと、だと思いました。別に視点を一致させる必要はまったくありません。相手がどんな視点をもっているかを確認する。それにより、自分がどういう言葉をいえば、相手に伝わるか、誤解を招かないか、判断できるのだな...

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